ベートーヴェンより遅れること27年後の1797年、シューベルトはベートーヴェンが活動の拠点としていたオーストリアのウィーンに生まれました。
ですから若い頃からベートーヴェンの名声が高まるのを間近で見ていて、またその音楽も心から敬愛していました。
シューベルトが30歳の頃、ベートーヴェンが重体に陥ったという知らせを受け、友人たちは何とかシューベルトをベートーヴェンに会わせたいと考え、シューベルトの歌曲の楽譜を枕元に持っていきました。
それを見たベートーヴェンは「シューベルトの内には神のひらめきがある」と驚きの声をあげました。
その後、友人と共に訪れたシューベルトを招き入れたベートーヴェンは、ふたりに向かい「シューベルトは私の魂を持っている。
今に世界にその名を知られる人だ。」と言って賞賛しました。
それから間もなく、ベートーヴェンはこの世を去りました。
シューベルトは常に貧しく、楽団を雇うお金もなかったので、
ピアノさえあればオーケストラも表現できる、ピアノ連弾曲を数多く書きました。
「軍隊行進曲」は全部で4つある行進曲集のうちの「3つの軍隊行進曲」の第1番のことを指します。
管弦楽版で演奏されることも多い有名曲です。